ドーバーの田舎の病院

気持ちが良い……、もうそのあとの記憶は何もない……。目を覚ますと、太ったおばさんの看護婦が目の前にいて「わきやあねえ」と、叱るように言う。「訳はなど、ああ、自分の状態は、そう悪くないんだな、とホッとした。それにしても自分は、いったいいつ、どうやって日本に帰ってきたのだろう。ここは、いったい何県なんだろう?この方言はなんだ??看護婦さんは、ずいぶん誰っているようである。ぼんやりと看護婦さんを見ていると、また「わきゃあねぇ」と繰り返す。うん?まさか、ここが日本であるはずがない。私がとっさに「do you speak English ~」と言うと、彼女は目を白黒させ、カンカンに怒って「私はさっきからずっと英語喋ってる!」。「わきやあねえ」は、「what’s your name~」(ワッチャネーム)だった。初めて本物の英語(?)を聞いたのだ。私はイギリス、ドーバーの田舎の病院で、まるまる二日間も眠り続けていたのだった。港に船を見に行くと、船体の横っ面には大きな穴があき、太いマストは無惨にへし折れていた。何でも、激しい嵐で船が損傷したことが、地元の新聞にも載ったという。その記事には、遠路ドーバー海峡を渡ったジャパニーズが、意識不明で病院に収容されたことも書かれていたと、船長のおじいさんが教えてくれた。しかし、その木製の船は、あれほど激しい嵐の中で、四人の命をしっかきししなりと守ったといえる。船体の木の骨格は乳み、全体が柔軟に撲って、ミシミシ、グリグリ、ギシギシと凄い音をたてはしたが、どこにも隙間が空いたりはしていなかった。