ズルイヤツ!日本帰国、滑り込みセーフで進級を果たす!
木曜日, 1 12月 2011
老船長は、そのことをとても誇らしそうにしていた。私は、木で造られた船の頑丈さを命がけで実感したのだ。老船長とは、帰国後何度か文通したが、哀れ、私の眼鏡は無残にも壊れていて、彼の風貌についての詳細な記憶が少ない。■ズルイヤツ!日本帰国、滑り込みセーフで進級を果たす!学生生活を放り投げたつもりで続けていた、当てのない放浪の旅だったが、たまたまローマのユースホステルで受け取った姉からの手紙に、九月の末までに帰ってきて試験を受けたら、三年生にしてやると教授が言っているので、何とか帰ってくるようにという趣旨のことが書いてあった。しかも日本までのオープンの航空券が、JALのローマ支店に送ってあるという。この手紙に私の心は大きく揺らいだ。それまで資金の窮乏を補うため、各地の名所で自筆の絵葉書を売って生活していたのだが、南に下るに従って、こうしたバガボンド(放浪者)も珍しくなく、あまり売れなくなって困窮していたのである。さすがに放浪も百日以上やっていると、うんざりもしてくる。が、私には旅先で出会ったスウェーデン人のガールフレンドもいた。実は、この放浪ののち、スウェーデンに戻り居つこうとさえ考えていたのだ……。しかし、なによりも私を育ててくれた祖母が心配し、かなり衰弱しているとの内容にぐらついた。そこで一旦帰国し、大学を卒業して改めて出直すことにした。