叱責、計算だけではダメだ
木曜日, 1 12月 2011
風の玉ってなんだろうと、外へ出てみると、小手川邸の南、二○○メートル先ぐらいから、なぎ倒された木の道が出来ていた。それが、家のちょうど真上を通って抜けている。田の稲は、渦に飲まれたようにクシャクシャになぎ倒されていた.風の玉l竜巻が通ったのだ.集まってきた、町の人々の視線が痛かった。斬新なデザインに対して、「そら、見たことか」と言っているように感じた。何が建築家だ。何がモダンなデザインだ。竜巻だろうが、何だろうが、家族を守ることもできない家なんて!怒鳴られるかもしれない、殴られるかもしれない。しかし、昨夜から唇をかみしめていた小手川氏は、「不幸中の幸い。天野さんがいてくれたときでよかったよ。一緒にやってくれるね」と言ってくれた。その目には、九州男児としての肝が据わっていた。その時、小手川氏は四十歳、私は二十一歳になっていた。■叱責、計算だけではダメだ。私は、先輩のK氏にも電話で報告をした。設計補助だったとはいえ、この家のデザイン画を描いたのは私である。K氏に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。私が、デザインがすべてに勝るといったおごった気持ちでプランニングしたことが、被災の原因ともいえる。先輩は、取るものもとりあえず、臼杵に駆けつけてくれた。ところが、K氏は、臼杵に到着するなり、設計図と計算尺(当時、まだ電卓がなく比率計算スケールでアナログ計算していた)を持ち出して、いきなり計算を始めてしまった。しばらくして「計算は間違っていないな、屋根が飛ぶはずはないのに……」。